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最高裁判所第三小法廷 昭和31年(オ)855号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由前段について。

原判決の事実摘示によれば、上告人は第一審において、「被上告人は昭和二八年一月二五日上告会社の代理人小林林市に対し、国際観光株式会社の株式一〇、〇〇〇株を一株につき金二一〇円で買い受け度い旨の申入をなし、上告人はこれを承諾し、契約は成立した」と主張したが、原審においてこれを訂正し、「被上告人が上告人に対してなしたのは、買受の申込ではなく、被上告人は同日右代理人に対し、右株式一〇、〇〇〇株を一株につき金二一〇円の指値をもつて買付の委託をなし、上告人の代理人は右指値注文の委託を承諾した」と主張するにいたつたものである。論旨は、右買付委託契約の主張には、売買契約の主張が包含されているというから、右主張の訂正の趣旨を按ずるに、上告人は、昭和三〇年四月二日の口頭弁論において、売買契約の成立に関する従前の主張に代えて新たに買付の委託があつたことを主張するにいたつたものであること弁論の全趣旨に照らし明らかであるから、上告人は原審において売買契約に基く差損金の請求はこれを撤回したものと認めざるをえない。したがつて、原判決には所論の違法なく、論旨は採用することができない。

同後段について。

原審は、上告人が有価証券の媒介、取次、代理、有価証券市場における売買取引の委託の媒介、取次又は代理その他を目的とする株式会社で、東京証券取引所の会員であること、昭和二八年一月二五日上告人の代理人小林林市と被上告人との間において、上告人は被上告人に対し国際観光株式会社株式一〇、〇〇〇株をその前日の最終値である一株について金二一〇円の確定値段で売り渡す旨の売買契約が成立したこと、当時国際観光株式会社株式が東京証券取引所の上場株であつたことをそれぞれ確定し、上告人の、右株式については二一〇円の指値で買付委託がなされた旨の主張事実については、これを認めるに足りる証拠がないとして、右主張を排斥した上、これに附加して、同取引所の会員である上告会社が、上場株式について取引市場を経由せず直接に売買契約を締結することは、特定の場合を除き、証券取引法一二九条、一〇八条、東京証券取引所業務規程八八条、八九条に抵触して無効と解するを相当とするところ、上告人は本件取引がこの特定の場合に該当する売買であることを主張するものではないから、この点からいつても、上告人の本訴請求は、これを認容するに由ない旨判示したものである。

ところで、証券取引法一二九条は、いわゆる呑行為を禁止する規定であつて、「売買取引の委託を受けた会員が、有価証券市場において売付若しくは買付をしないで、自己がその相手方となつて売買を成立せしめる」こと、すなわち取引の委託を受けた者が委託の趣旨に反して自ら売買の相手方となることを禁ずるものである。しかるに、本件においては、前記の如く、買付の委託はなく、本件当事者間に確定値段による売買が成立したというのであるから、これをもつて同法一二九条に違反するものということはできない。そして、証券取引法の諸規定に照らすときは、右の如き売買が法律上当然に禁止されているわけではないのであるから、それはただ当時施行されていた東京証券取引所業務規程八八条に違反することとなるにすぎないというべく、右規程は、取引所の機能を強化するために定められた措置として是認すべきものとしても、これに違反してなされた取引の私法上の効力をも否定する趣旨とは認められない。すなわち、右規程はいわゆる取締法規にすぎないと解するのが相当であつて、これを無効とした原判決は、法令の解釈を誤つたものといわなければならない。

しかしながら、原審は、前記の如く、買付の委託がなされた旨の上告人の主張事実はこれを認めるに足りる証拠がない旨判示しているのであつて、上告人の請求の当否の判断のためには、この判示だけで充分なのであるから、前記売買が無効である旨の説明は、本件では蛇足にすぎないというべきである。されば原判決の前示違法は、判決に影響を及ぼさないことが明らかであるから、論旨もまた結局採用することができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 高橋潔)

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